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Contents Vol.8

4つの泳ぎをどうつなげていくか。
個人メドレーの面白さは、“順位が動く”こと。

バタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、自由形。異なる4つの泳法を一人でつなぐ個人メドレーは、競泳選手としての総合力が問われる種目だ。しかし、すべての泳ぎが均等に速ければ勝てる、という単純なものでもない。得意種目で前へ出る選手もいれば、苦手種目に耐え、最後の自由形で追い上げる選手もいる。
Speedoに所属する小堀倭加と松本信歩に、競泳選手の先輩である寺村美穂が加わり、「個人メドレーの面白さ」を語り合った。タイプが正反対だという小堀と松本は、水の中で何を考え、どこに自分の強みを見いだしているのか。順位が動く理由から、選手がレース中に見ている景色、世界で戦うために越えたい壁まで、その奥深さをひもといていく。

調子の悪い種目を、別の種目で補える

ー皆さんは、水泳にあまり詳しくない人から「個人メドレーってどんな種目?」と聞かれたら、どう説明しますか。

寺村:まず、1回のレースで4種目を見られることが、いちばんわかりやすい面白さだと思います。ただ、見るのは楽しいけど、やるのは本当に大変(笑)。
松本:たしかに選手としてはきついですけど、私は個人メドレーがいちばん面白いと思っています。4種目それぞれに調子の良し悪しがあって、悪い部分を良い部分で補えるんです。バタフライだけの選手だったら、バタフライの調子が悪いと「今日はダメかもしれない」と落ち込んでしまうこともある。でも個人メドレーなら、「今日は別の種目で頑張ればいい」と調整できます。

ーやはり、器用な選手のほうが向いているのでしょうか。

小堀:そうかもしれません。ただ、私は泳いでいるうちに、だんだん身体が動いてくるタイプなんです。練習で20本泳ぐとして、4種目を5本ずつやると、5本目でやっと調子が出てきたところで次の種目へ移ってしまう感覚があって。ひとつの種目を続けて泳いだほうが、どんどん良くなっていくイメージなんですよね。
松本:私は逆に、同じことを続けるより、種目が変わるほうが気持ちを切り替えやすいタイプかも。20本全部がバタフライだと「まだ19本ある」と思ってしまうけど、5本ずつなら「この種目はあと4本」と考えられる。短い距離を1本ハードに泳ぐような練習も、得意なほうだと思います。
寺村:そこが2人の面白いところで、選手としてのタイプがもう真逆なんですよね。

スプリンターと長距離型。性格も泳ぎに表れる

ー後半まで力を積み重ねられるかどうかには、性格も関係しますか。

小堀:あると思います。後半になると飽きてしまったり、きつさに耐えられなくなったりする人もいますし。
寺村:長距離の選手には、コツコツと同じことを続けられる人が多い気はします。長い距離を一定のペースで泳ぐには、気持ちも身体も急に上げすぎず、冷静な状態を保たなければいけないので。
小堀:私は何本か泳いだほうが身体が動いてくるので、逆に1本だけに絞って結果を出さなきゃいけないほうが怖いかもしれません。
寺村:小堀選手のフォームは本当に無駄がないんですよ。キャッチがきれいで、力を入れるところと抜くところの切り替えがうまい。長い距離でも同じ形で泳ぎ続けられる、教科書のような泳ぎだと思います。

ーそもそも、選手はどのように個人メドレーを専門にしていくのでしょう。コーチから勧められるのか、自分で選ぶのか。

寺村:個人メドレーの練習自体は、多くの選手が基礎として経験します。自由形と個人メドレー、それにそれぞれの専門種目を練習していく。そのなかで試合に出たら周りよりタイムが良かったり、「4種目をつなぐほうが泳ぎやすい」と感じたりして、自然と専門になっていくことが多いと思います。
松本:私が小学生、中学生の頃にいたクラブは、とりあえず200m個人メドレーをみんなで頑張るというところでした。ずっと泳いでいるうちに、ほかの種目より勝てる、タイムも良いということがわかって、なんとなくメインになっていきました。だから私の場合、大きな決断があったというより、本当に自然な流れでした。

“教科書のような泳ぎ”と、4種目をつなぐ器用さ

ー先ほど「小堀選手のフォームには無駄がない」というお話がありましたが、寺村さんから見て、松本さんの泳ぎの特徴はどこにありますか。

寺村:松本選手は、とにかくオールマイティーです。何の種目を泳いでも速いし、スプリント力もある。4種目を単体で泳ぐと速いのに、個人メドレーになるとうまくつながらない選手もいるんです。ターンや種目の切り替えでリズムが崩れて、「4種目とも速いのに、なぜだろう」となる。その点、松本選手は1種目ずつのレベルを、個人メドレーに生かせる器用さがあります。
松本:自分でも、どの種目も平均的に泳げる感覚はあります。ただ、飛び抜けて得意な種目がないからこそ、ものすごく苦手な種目もない、という感じです。どれも“そこそこ”泳げるようにしてきたつもりです。
寺村:本人は“そこそこ”と言いますけど、日本のトップレベルで4種目すべてを泳げるということですからね(笑)。最近は、彼女以外にも、そういうオールマイティーな選手が増えました。以前は「この選手は平泳ぎが苦手」と、弱点がはっきり見える選手も多かった。でも個人メドレー全体のレベルが上がって、4種目を高い水準にまとめられる選手が増えているのだと思います。

ー松本さんは、200m個人メドレーで世界を目指すために、100m種目にも力を入れているそうですね。

松本:はい。200m個人メドレーで世界を目指すなら、100mの各種目でも日本選手権の決勝に残れるくらいのレベルにはならないと。基本は200m個人メドレーの練習ですが、バタフライをメインにしたり、数本だけ100mのレースを意識してハードで泳いだりすることもあります。

得意種目で補うだけでは、いつか足りなくなる

ー小堀さんは、個人メドレーのなかで何を強みとしていますか。

小堀:強みは最後の自由形です。逆にバタフライと平泳ぎが少し苦手なので、今は背泳ぎと自由形でカバーしている感じです。苦手な2種目のどちらかが少し速くなるだけでも、全体のタイムはもっと伸びると思っています。
寺村:得意種目でカバーできるところまではカバーしたい。でも、世界で戦おうとすると、カバーしきれなくなってきます。得意な部分のラップは安定させ、苦手な種目を少しずつ上げていくことも必要になります。ちなみに私は現役時代、小堀選手とは真逆で、バタフライと平泳ぎが得意で、背泳ぎと自由形が苦手でした。片手ずつ動かす種目と、両手を同時に動かす種目では、体重移動の感覚も違います。
小堀:私はバタフライと平泳ぎで使う体重移動の感覚がまだうまくつかめていない気がしていて。一方、自由形は抵抗を少なくして、水面を滑るように進む感覚がある。種目によって水の捉え方が違うので、その違いをどう身につけるかは課題です。

途中、順位が動くところが最大の見どころ

ー観客が個人メドレーを見るとき、注目すると面白いポイントはありますか。

寺村:やっぱり順位の変動です。いま二人が話してくれたように、選手ごとに得意種目と苦手種目が違うので、種目が変わるたびに順位が動く。特に400m個人メドレーは、1種目が100mあるので、その変化がはっきり見えます。たとえば小堀選手の場合、苦手なバタフライでは後ろの順位にいても、背泳ぎで少しずつ上がってくる。平泳ぎでまた下がることがあっても、最後の自由形には抜群の安定感がある。「この差ならまだ追いつけるな」と考えながら見られるんです。で、最後に追い上げてくると、「来た来たー!」って(笑)。

ー小堀さん自身は、仮にバタフライを8番手で折り返しても焦らない?

小堀:うーん、そうですね。ぜんぜん平気というよりは、“焦らないように”しています(笑)。そこで焦って飛ばすと、後半に響くので。順位よりもタイムを見ていて、「このくらいで入りたい」という自分の基準を優先します。

ー泳ぎながら、隣の選手のことは見ますか。

小堀:見ます。見るよね?
松本:見ますね。私は練習と試合でタイムの差が大きいので、周りが見えていないと、自分が速く泳げているのか遅いのか、感覚だけではわかりにくいんです。だから、むしろ近くの選手をひとつの指標にしていますね。
小堀:バタフライは周りが見えますが、背泳ぎは上を向いているので、順位がわかりにくい。背泳ぎから平泳ぎへ入るターンで前を見れば、自分の前に何人いるかがわかります。最後の自由形は両側が見えるので、そこから「追い上げよう」と考えます。
寺村:背泳ぎのときも、近くに選手がいれば水しぶきで、だいたいの位置は感じられます。

ー国内の選手同士なら、相手の得意種目やレースプランも頭に入っていますか。

寺村:同じくらいのレベルの選手や、自分より上の選手については、どの種目が得意なのか、前半から飛ばす人なのか、後半に上げる人なのかをラップで確認します。相手が自分より速くバタフライへ入る選手だとわかっていれば、前に出られても焦らずに済みます。
小堀:国内の選手なら、だいたいわかります。海外へ行くと、知らない選手もいるので少し状況は変わりますね。

最初のバタフライで、頑張りすぎてはいけない

ー個人メドレーで、これをするとレースが崩れるという失敗パターンはありますか。

松本:最初のバタフライで「今日は少し調子が悪いかも」と感じたのに、無理に頑張ってしまうことです。たとえば28秒で入りたいとき、調子が悪くても無理に力を入れれば28秒では泳げる。でも、その後の3種目が持たなくなります。

ーやはり、そこで泳ぎ自体が崩れるということもあるんでしょうか。

松本:そうです。力の入った泳ぎになって、進んでいない気がして、焦ってさらにかいてしまう。力が入ったうえにフォームも崩れて、どんどん苦しくなります。力まずに、楽に目標タイムで入れたら、その泳ぎをベースに残り3種目へつなげられるんです。

ー予定よりタイムが遅いときも、無理に取り返さないほうがいいのでしょうか。

寺村:どの時期のレースかにもよりますね。身体を追い込んでいる時期なら、ベストが 2 分 9 秒の選手でも、そのタイムを目指すというよりその時の自分のコンディションに合わせて目標設定を調整したりします。もちろんどんなコンディションでもベストに近い泳ぎができるようベースを上げることも大切になりますね。

世界では、前半も後半も速い

ー最近の個人メドレーには、勝ち方やレース展開のトレンドがありますか。

寺村:世界のトップを見ると、もう前半型、後半型という区別がないくらい、前半も後半も速いです。4種目すべてのレベルが高い。日本の個人メドレーも世界で戦えている種目ではありますが、世界のトップレベルはどんどん上がっています。
松本:女子では、寺村さんたちの世代のほうが、バタフライと背泳ぎの前半100mを速く入る選手が多かった印象があります。今は平泳ぎや自由形が得意で、後半に上がってくる選手が増えているのかもしれません。

ー世界で戦うために、松本さんが越えたい壁は何でしょう。

松本:200m個人メドレーで世界のメダルを目指すなら、各ラップを秒単位で上げていかなければならないと思っています。そのためには、4つの100m種目でも、世界で戦えるレベルへ近づくこと。100mの最後の15mで失速せずに泳ぎ切る力は、200m個人メドレーにもつながると思うので、そこを意識して練習していきたいです。

ー100mそれぞれの力を高め、それを200m個人メドレーへ返していく。

松本:そうですね。個人メドレーだけを泳いでいても、4種目それぞれの絶対的なスピードが上がらなければ、世界との差は縮まらないと思っています。

ー小堀さんは、次の壁を越えるために何へ取り組みたいですか。

小堀:私は自由形が泳げているときが、個人メドレーの調子もいちばんいいんです。だから最後の自由形のためにも、単体の400m自由形や200m自由形のタイムを、ベストに近いところまで戻していくことが大切だと思っています。それに加えて、変えるとすれば、やっぱり最初のバタフライです。バタフライでもう少し速く泳げれば、前にいる選手へ近づける。そうすると、その後も「追いかけよう」というイメージを持って泳げます。だから、まずはバタフライをもう少し進化させられたら。
寺村:バタフライを楽に速く入れたかどうかは、その後の3種目の流れにもつながります。個人メドレーは、4つの泳ぎをただ並べる種目ではなく、ひとつの泳ぎが次の泳ぎをつくっていく種目なんですよね。ぜひ、そういう観点でレースを楽しんでみてください。

プロフィール

左:小堀倭加(こぼり・わか)
2000年、奈良県生まれ。主戦場は自由形・個人メドレー。東京・パリの2大会連続でオリンピックに出場。杭州アジア大会では800m自由形と4×200mリレーで銀、400m自由形で銅。2025年世界選手権400m個人メドレー7位。

右:松本信歩(まつもと・しほ)
2002年、静岡県生まれ。主戦場は個人メドレー。2024年国際大会代表選考会で2分09秒90の自己ベストを記録してパリオリンピック代表入りし、本大会は14位。2025年世界選手権出場。2026年の第101回日本選手権では、200m個人メドレーで優勝。