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Contents Vol.6

パラ水泳をめぐる環境はどう変わったのか
鈴木孝幸 × 川渕大耀

パラリンピックに6大会連続出場し、日本パラ水泳界を長く牽引してきた鈴木孝幸。そして2024年、15歳にして初の日本代表入りを果たした川渕大耀。世代を越えてパラ界を支える二人のスイマーが、今回初めて公式の場で向き合った。お互いの第一印象から、水泳に向き合う姿勢、そしてパラを取り巻く環境まで。異なる世代の視点が交差することで、日本パラ水泳の現在地が浮かび上がる。

第一印象は「背がでかい!」

ー今日は、パラ水泳における二世代対談みたいなことになるのかなと思います。まず、お二人が最初に知り合ったきっかけは覚えていらっしゃいますか。

川渕:たぶん、ナショナルトレーニングセンターで一緒に練習したのが初めてだった気がします。中学2年か3年の夏だったかなと。あれ、違いました?
鈴木:えっと、そうだったっけ……? 最初に会ったのはまったく覚えていないな(笑)。

ー鈴木さんは、川渕さんのことは元々認識されてたんですか。

鈴木:直接会う前から、コーチから「すげえやつおるぞ」っていうのを聞いていたんですよね。で、健常の選手と張り合ってるレースの映像も見たんですけど、これはたしかにすごいわと。彼のクラス(S9 / SB8 / SM9)だと、小学生とか中学生のうちはまだ健常者とそこまで差が出ないので、地域大会レベルでは勝っちゃったりすることがあるんですが、それでも驚かされました。

ー実際に対面したときの印象は覚えていますか?

鈴木:そうですね、とにかく……背がでかい!
川渕:(笑)
鈴木:でも、見た目のサイズってけっこう大事じゃないですか。これだけ体格がいいと、将来的に海外の選手とも張り合えるだろうなって。障害が一緒というのもあって、どこかオーストラリアのブレンダン・ホールを彷彿とさせます。彼はもっとでかいんですけど、片足欠損の選手でいうと、大耀も近い泳ぎをしているのかなと。実は、障害によって体の動かし方も違ったりするんですよね。

ー川渕さんが鈴木さんを最初に知ったきっかけはどこでしたか?

川渕:最初に知ったのは東京パラです。大会が開催されたのがちょうど、自分が本格的に水泳を始めたタイミングでもありましたし、みなさんご存知のとおり、そこで一番活躍されていたので。ただ、初めて会って一緒に練習した時は、すごくフレンドリーに話しかけてくれて。変に気遣わずにいい雰囲気で泳げたんですよね。すごく嬉しかったですし、自分も今後見習っていきたいです。
鈴木:単純に、若い選手とは仲良くなりたいですよね。ただ、大耀の世代の選手たちからすると、僕はかなり年上なんで、僕が10代だったころに30代の選手たちに感じてたような感覚を抱くんだろうなと。自分は仲良くなってるつもりがプレッシャーになってたりしたらまずいので、そこだけ気をつけなきゃなと思っています。

感情を出すことと、自分のレースプランを信じること

ー鈴木さんは、10代の時から性格や考え方が変わってきたタイプですか。

鈴木:うーん、どうだろう。根っこで変わっていないと思いますが、年を重ねて、感情を表に出さないようにはなったかもしれません。若いころは感情をバンバン出していて、負けたときに普通に怒ってましたから。2015年だったかな、世界選手権で銀メダルをとって、みんなは「(メダルを獲得できて)おめでとう」って言ってくれているのに、僕だけプールサイドでキャップを叩きつけてブチ切れていて。そしたらもう、みんなが凍りついちゃった。

ーうわー、タカさん怒ってるよ……みたいな(笑)。

鈴木:そりゃそうですよね。いまはもうそんなことしませんよ(笑)。あ、ただ、自分がキャプテンをやってた頃は、チームに緊張感を与えたくて、わざとピリつかせてたっていうのはあるんですが。

ー川渕さんは、望まない結果になった時、感情は出さないようにしていますか? いまお話している限りでは、すごくクールで落ち着いた印象なのですが。

川渕:いや、けっこうわかりやすく出ています。結果が出なくて静かに怒っていたりすると、終わった後にみんなが「大耀怒ってたな」みたいな感じで言ってくるから、ああ、やっぱりみんな気づいてくれてるんだなって。でも、自分も所属チームや代表の一員なので、自分が感情を全部出しちゃうと、周りが気持ちよく泳げない。せめて見えないところでやるとか、ちょっと考えないといけないですよね。
鈴木:10代でそれに気づいてるのがもうすごいよ。僕は気づかず20代までいってたんで。とはいえ、感情を表に出すのが別に悪いわけではない。良い結果が出た時は喜んだらいいし、悪かったらショックを受けるのは、人として当たり前のこと。ただ、今の自分はもうキャプテンじゃないので、今のキャプテンがやりたいチーム作りを支えようっていうモードに入っていますね。

ー水泳って、自分のベストと順位が必ずしも一致しないじゃないですか。ご自身の合格ラインみたいなものをどこに設定されているのか、知りたくて。他の選手の状態とかって気になります?

川渕:実は、以前は泳いでるときに他の選手をチラチラ見てたんですけど、最近はあんまり見ないようにしていて。やっぱり自分のレースプランは自分のものなんで、最近では意識してずっと下を見るようにしています。自分の場合は400mがメインなので、50mが8本。最初の50mはスタートのエネルギーがある。だから、残り7本を最初の50mからできるだけ遅れないペースで揃えることを意識しています。
鈴木:それがスタンダードだよね。(鈴木選手の参加種目で最長の)200mでも考え方は一緒ですね。最初の50mのタイムがあって、あとはできる限り同じタイムでまとめていく。

ー鈴木さんは、レース途中で他の選手を見る方ですか?

鈴木:見える時は見ますけど、自分が負けてても「あー、速いな」と思ってるだけです(笑)。僕のやりたいタイムが出せてれば、それ以上のことはできないので。途中で他の選手に追い抜かれたとしても、「追いつくかな、どうかな」と思いながら泳いでいます。結果、自分にフォーカスしてた方がメダルは取れるんですよ。

「楽しむ」は、一生懸命準備してきた人の特権

ー鈴木選手は、イチローや中田英寿のように“超ストイック”な印象が強いんですが、大会などで水泳を“楽しむ”という感覚になったことはありますか?  スポーツはまず楽しむことが大事だとよく言われますが、アスリートたちは実際どんな心境にあるのか知りたくて。

鈴木:大耀ぐらいしっかり練習してる人が楽しむっていうのはいいんですけど、誰も彼も言っていいフレーズじゃないよとは思います。ある種、一生懸命それまで準備してきた人の特権なんで。「お前、楽しめるほど練習したか」っていうやつが「楽しんできます」とか言うと、正直イラっとする時はあります(笑)。たとえば400フリーとかって、相当練習しないと絶対にいいタイムなんか出ないので。「ここまでやってベスト出ないとかある?」っていうぐらいトレーニングして、調整もしたら、パラリンピックみたいに観客が埋まる大会で自分が泳げるのが嬉しい、そういうような気持ちで泳げるといいですよね。ただ、ワクワクしすぎると最初の方で出し切っちゃって、後半持たないとかあるんですけど。
川渕:わかります。僕はどちらかというと、大会ではワクワクよりもドキドキの方が強いタイプ。むしろ最初はワクワクを抑える感じでいって、50を3本、4本と回った後は、同じ感じで泳いでもタイムが落ちていくんで、意識的に気持ちを上げていく。「さあ、こっから行くぞ」みたいな感じで。

いまは環境の“使い方”が問われている

ー水泳をめぐる環境について。昔と比べてトレーニング器具も充実していますし、様々なデータを活用できる時代になりました。選手にとっては使えるものが最初から多い時代でもありますよね。

鈴木:そうですね。自分の場合、キャリア初期は公共のプールで泳いでいたので、パドルも使えないし、シュノーケルも使えない。ただただ泳ぐ練習だけをしてたところから、水中で道具を使えるプールに移って、ウエイトもやってもいいぞってなって、だんだんできることが増えてきた。だから「これをやったらどうなるかな」「次これやったらどうなるかな」っていう感じで。将来に楽しみが控えているようなイメージでした。今はナショナルトレーニングセンターを使ってるから、流水プールなんていうものもあって、バケツも使えますしね。

ーバケツ?

鈴木:重りや水を入れたバケツをロープで腰につないで泳ぐんですよ。
川渕:今は逆に、小さいころから全部やり尽くしちゃってる選手もいて、それはあんまり良くないんじゃないかなと思うんです。身体の成長段階でトレーニングをやりすぎると、モチベーションも伸びしろもなくなってしまうんじゃないかなって。

ー川渕さんはいま、少しセーブしている感覚もありますか?

川渕:そうですね。僕の場合、本格的なウエイトトレーニングはまだ行っていません。あくまで泳ぎの中で改善できることに取り組む段階だと捉えていますね。
鈴木:ひとつ言っておきたいのは、僕の歩みが理想的なわけでもない。逆に、若いころにもっと環境が整っていて、若いうちからいろいろやれてれば違っただろうなっていうものもあるし。大耀の場合は、コーチとか周りの人もちゃんと知識を持っているので、使えるものはしっかり使えばいい。で、彼が言うように、変に焦らず段階的に積み上げていく。前の世代の人たちが失敗して学んだことを、今の世代はアドバイスという形で取り入れることができますから。

パラ水泳をどこまで外に開けるか

ー今のパラをめぐる環境を、どういうふうに捉えてますか。

鈴木:パラの社会的なステータスは以前より向上しています。大会のスポンサー企業が増えたり、選手も企業に所属してサポートを受けながら練習できる環境が、パラでもだいぶ増えてきている。そこは喜ばしいことですけど、ある意味ちょっと格差が出るっていうか、そこまで届かない人たちとのギャップはありますよね。強化指定のレベルも、自分の10代の頃よりずいぶん高い。かつては、パラリンピックも参加標準の記録を切れたらほぼ出場できるような時代だった。でも今は、派遣標準がもっと上にあって、それを切らないと(代表に)選ばれない。今の方が厳しいなかで皆さんよく戦っているなと思いますけど、逆にそのくらい標準記録を切れる選手が増えたということは、競技レベルが上がってきているということなんだと思います。

ー東京パラから一般のお客さんの注目度もグッと増しましたよね。

鈴木:それはコロナの影響も大きかったと思います。逆にパリではパラの放映時間が短くなったんですけど、ネットのコメントとかを見ると「なんで減ったの?」「もっと見たい」っていう声もあって、潜在的なお客さんはまだまだいてくれてるなっていうのは感じますね。

ー川渕さんは、自分のキャリアプランってありますか。

川渕:(健常の選手も出場する)インカレにパラの選手が出た例は、おそらくほとんどないと思うので、自分がやってみたら面白いんじゃないかなって。だから一番の目標は、大学4年間のうちにインカレに出場すること、ですかね。パラリンピックの金メダルもそうなんですけど、インカレはもっと上のスピードなので。僕がそれを成し遂げることができれば、一つ下の世代の選手も「川渕くんはそこまで行ったんだ」「自分もできるんじゃないかな」ってどんどん上がっていくはずなので。
鈴木:自分の場合は障害も重くて、スピードが健常者のようにはどうしても出せないんで、見る人が見たらすごさがわかってもらえるようにと思ってやってましたけど、大耀はまさにスピードでも太刀打ちできるかもしれない。そういう目標を持ってやってくれてるのは素晴らしいなと思います。無理せず頑張ってほしいですね。僕からあんまり言うと、また追い込んじゃうかもしれないから(笑)。

左:川渕大耀(かわぶち・たいよう)
2008年、神奈川県生まれ。主なクラスはS9/SB8/SM9。生まれつき左脚に障がいがあり、8歳で左膝下を切断。10歳で本格的に水泳を始め、中学生で頭角を現す。高校生でパリ2024パラリンピック日本代表に選出。自由形や個人メドレーを中心に国内外の大会で活躍し、次世代の日本パラ水泳を担うスイマーとして期待されている。

右:鈴木孝幸(すずき・たかゆき)
1987年、静岡県生まれ。主なクラスはS4/SB3/SM4。先天性の四肢欠損があり、6歳から水泳を始め、高校時代に本格的に競技を開始。2004年アテネ大会からパラリンピックに6大会連続出場し、北京2008の男子50m平泳ぎ(SB3)金メダルをはじめ数多くのメダルを獲得。東京2020大会では男子100m自由形(S4)で金メダルを獲得するなど、日本パラ水泳界を代表する選手として長年世界の舞台で活躍している。