Contents Vol.5
トップスイマー夫婦が語る、競技とメンタルのリアル
現在、男子100mで日本記録を保持する松元克央。そしてリオ五輪日本代表として活躍した寺村美穂。トップアスリート同士の夫婦は、普段どのようなコミュニケーションをとっているのだろうか。同じ世界で戦ってきたからこそ生まれる信頼。努力と成果の釣り合い、精神面との向き合い方、そして海外トレーニングを経て変わった価値観。競技者として、夫婦として。二人の距離感から、トップアスリートのリアルが見えてくる。
家では水泳の話をほとんどしない
ーお二人ともプロの(元)アスリートということで、一緒に暮らすなかで普段どんな会話をされているのか気になります。お互いの競技について干渉し合うタイプなのか、それとも逆にあまり踏み込まないのか。お二人はどちらに近いんですか?
寺村:うーん、しないよね。
松元:そうですね、普段はほとんどしないです。
ー今日どうだった、とか。
寺村:そういう質問もしないんですよ。今日の練習なんだったの、とか、調子どうだったの、とか、あんまり聞かないです。
松元:僕が1週間とか2週間いない場合は、LINEとかで「今日メインどうだった?」みたいな会話はありますけど。
ーそれはどういう理由なんですか?
寺村:元々同じ環境で一緒に練習をしていたので、彼がどれくらい頑張れる選手かっていうのは分かっているんです。同じスイマーとしてやってきたからこそ分かる部分があるというか。だから「頑張ってないんじゃないか」とか、「ちゃんとやってるのかな」とか、そういうことは言わないです。そこは信頼しているという感じですね。
ーここまでやり抜く人ってなかなかいないよな、みたいな感じで見ていたんですか?
寺村:最後に一緒に練習していたのが東京オリンピックの時なんですけど、追い込みの練習が本当にきつかったんですよね。お互い余裕もなかったと思うんですけど、その中であれだけ追い込めるっていうのは、やっぱり才能だと思います。
ー才能。
寺村:頑張れる才能というか、自分の殻を破れる才能というか。それを持っていることは知っているので、今も「本当に頑張れてるのかな」とか、そういう不安は全くないです。
パワーを水に伝える難しさ
ー松元さんの写真を数年前から追っていくと、1年ごとにどんどん体が大きくなっている印象があります。
松元:ああ(笑)、ウエイトトレーニングを7〜8年前から取り入れていて。ウエイトって、水泳と違って技術でいきなり上がるものじゃないんですよ。やっぱり1年1年しっかり積み上げていかないと伸びない。とにかくコツコツやるしかないので、毎年続けてきました。幸い大きな怪我もなくて順調にできているので、それが体の変化にも出ているのかなと思います。
ー体大きくなったね、と言われると嬉しいですか?
松元:嬉しいですね。努力が形として見えるものなので。
寺村:それが全部泳ぎに繋がればいいね。
松元:そうなんですよ。泳ぎとか飛び込みに繋がれば一番いいんですけど。
ー体を大きくすることと、泳ぎに繋げることは別なんですね。
松元:完全に別ですね。水泳の技術は水泳でしか得られないと思っているので。ウエイトでパワーをつけても、それを前進に使えなかったらタイムは伸びないんです。
寺村:水にそのパワーを伝えられるかっていうのはありますよね。どれだけパワーがあっても、連動性がなかったら水に伝わらない。
松元:そこがすごく難しいところで。どこにフォーカスするかっていうのをずっと考えています。一回正解が見つかっても、それが次も正解とは限らないんですよね。正解のない問題なので、今もずっと良い感覚を探し続けている感じです。
寺村:すごい考えるよね。
課題は、精神面をいかに整えるか
寺村:先ほどもお話ししたように、練習に対しての心配はないです。でも考えすぎて気持ちが落ちてしまう時がある。だから課題は精神面なのかなって思うこともあります。どうやって自信をつけるかとか、レースの時のモチベーションとか精神状態を安定させるか、とか。そこがすごくキーなのかなと。
松元:そこらへんはむしろ自分よりも分かってくれていて。逆に、もし「もっと頑張れるんじゃない?」とか言われたら絶対イライラします(笑)。
ー声のかけ方が重要なんですね。
松元:そうですね。僕が求めている言葉を的確にかけてくれるというか。だから、場合によっては放置だったりします。
ー放置(笑)。
松元:今は何言っても意味ないな、っていう時ですね。むしろ言われるとマイナスになる。そういう時も分かってくれているので、すごく助かっています。
ー良かった時と悪かった時はすぐ分かるんですか?
寺村:面白いくらい分かりやすいんですよ。家に帰ってきた時に、一言とかで「あ、今日は良かったんだな」とか「うまくいってないんだな」とか分かる。読み取りやすい。ただ頑固なところもあるので、私が色々言い過ぎても意味がないんです。
松元:(笑)
寺村:やっぱり自分で経験して得たものを一番信じるタイプなので。だから私は読み取って、今日はこうだったんだね、っていう感じで接しています。
金メダリストは意外と普通だった
ー生活と競技のバランスはどうされていますか?
松元:東京オリンピックまでは、「水泳しかしない」ぐらいの気持ちで取り組んでいました。コロナもあって外出もできなかったので、練習の日は練習、オフの日はリカバリーのことだけ考える生活を半年ぐらいしていました。
ーかなりストイックですね。
松元:それで東京オリンピックに臨んだんですけど、結果は目標に届かなかった。じゃあどうすればメダルを取れるんだろう、これ以上何をやればいいんだろうってすごく考えましたね。それでイギリスまでトレーニングに行ったんです。オリンピック金メダリスト(200m自由形金メダリストのトム・ディーン)の練習環境を見てみようと思って。
ー実際どうでした?
松元:それが、驚くほど"普通"でした。練習はもちろん集中してるんですけど、遊ぶ時は遊ぶし。ちょうどその時、彼が彼女に振られて、ある日の練習がボロボロだったんですよ(笑)。でもその人は東京オリンピックで金メダルを取っている。それを見て、普通の生活をしていてもメダルを取れる人は取れるんだって思いました。
ー松元さんはどこまでも追い込むタイプ。
松元:そうです。それまで僕は、とにかくハアハアするぐらい追い込めば速くなると思っていたんです。でもそうじゃないんだなって。
ーどう変わりましたか?
松元:8割とか9割の良い泳ぎをキープする練習も大事だなと思うようになりました。練習のやり方の手札が増えた感じですね。
寺村:柔らかい考え方になったよね。
ートレーニング方法も違いましたか?
松元:イギリスは陸トレが多かったですね。日本は水の中で追い込むイメージが強いですけど、向こうはパワーは陸で作って、水の中では泳ぎを作るという考え方でした。
ーたとえばどういうことですか?
松元:日本だとプルブイを挟んで腕を鍛えることが多いんですけど、イギリスでは泳ぎと筋トレを分けて、泳いだあとに腕立てやベンチプレスなどをやることが多いですね。普段やらないことだったので、すごく楽しかったです。
寺村:心と体って言うじゃないですか。体も大事だけど、心もすごく大事。心が疲れていたらベストパフォーマンスは出ないと思うので。
目標はあくまで自己ベスト
ー水泳は野球やサッカーと違って、大会が限られているじゃないですか。するとスイマーとしての目標は自己ベストなのか、メダルなのか、どちらになるんですか?
松元:人それぞれだと思いますけど、段階的な目標が自然かなと思います。まずは自己ベスト。その次に日本記録、メダル、みたいな。
寺村:私はまず自己ベストが一番でした。シンプルに、自己ベストを出し続ければ、日本記録やメダルに近づくと思っていたので。
松元:あ、やっぱりそれが良いかも(笑)。自己ベストって人生で一番速いタイムなので、それが出たということは、自分がやってきたことは間違っていなかったと思えるんですよ。

ー日本選手権でも、まずは自己ベストを目指して?
寺村:ということは、日本新記録だよね。
松元:そうだね。自分が勝ちたいという思いはもちろん強いんですが、僕のチームって、結果が出ないとみんな自分のせいにするんですよ。コーチもトレーナーも。
ーいいチームですね。
松元:だから僕がいいタイムを出さないと、みんな落ち込んじゃう。日本新記録を出して、チームみんなに自信を持ってもらいたいと思っています。
寺村:ここでも自分を追い込んじゃうんだ(笑)。

左:寺村美穂(てらむら・みほ)
1994年生まれ。千葉県出身の元競泳選手。女子個人メドレーを主戦場とし、2016年リオデジャネイロ五輪、2020年東京五輪日本代表。世界水泳や日本選手権など国内外の大会で活躍し、2023年に現役引退。現在はSpeedo Japanに所属し、水泳普及活動やイベント出演などを通じて競技の魅力を伝えている。
右:松元克央(まつもと・かつひろ)
1997年生まれ。福島県出身の競泳選手。主種目は自由形・バタフライ。2019年世界水泳で男子200m自由形銀メダルを獲得し、日本男子として同種目初の快挙を達成。2020年東京五輪、2024年パリオリンピック日本代表。日本記録保持者として世界大会でも活躍を続ける日本競泳界のエース。愛称は「カツオ」。
