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HISTORY Speedo®の歴史

各国の水泳連盟や大会へのスポンサーリング、トップスイマーへの積極的なサポートや草の根活動など、1928年のブランド誕生から
世界No.1の売上を誇るトップスイムブランドとして確固たるポジションを築き上げた今日に至るまで、スピードの歴史をたどる。

1910's The origin of Speedo®

現在のブランドネームで著名になったのは1982年だが、Speedo®の歴史は1914年までさかのぼる。

Speedo®は、1910年にオーストラリアに移民したスコットランド人、アレキサンダー・マックレイという若いスコットランド人によって創設。下着製造会社「マックレイ・ホーザリーマニュファクチャラー」としてスタート。

その後マックレイは水着製造も開始して、足早にビジネスを拡大し、社名も「マックレイ・ニッティング・ミルズ」に変更。

1920's Creating a Classic

1920年代に入ると、スイムウェア市場は急速な発展を遂げた。 水泳が1つのスポーツとして受け入れられたこと、さらには男女が一緒に泳ぐことに対しての人々の寛大な姿勢のおかげで、更なる成長を遂げた。

動きやすさを追求しより早く泳ぐことが出来る、クラッシックタイプの競泳スイムスーツ "レーサーバック"を発表。 "Speedo on in your Speedos"というスローガンのもと、1928年に「Speedo®」の名前が誕生した。そして、1929年には最初のSpeedo®ブランドのスイムスーツが製造されることになった。

Speedo®のスイムウェアを着用し、世界記録を出したスウェーデン人スイマーArne Bongの功績もあり、新たなブランド名は、すぐにスイマーと一般大衆の心に浸透していった。

1930's Style and Performance

1930年代を通して、スイムウェアの流行は絶えず変化を続けた。そしてSpeedo®の製品も、その斬新なスタイルと機能性のために、人々の話題にされるようになった。1932年のロスアンゼルスオリンピックでは、オーストラリア人のClaire Dennisが、200m平泳ぎで金メダルを獲得した。しかし、彼女が着用していたSpeedo®の水着は肩の露出が多すぎるという理由で物議を醸したほどであった。さらに4年後、ベルリン大会ではオーストラリアの男子水泳チームの全員が、大胆なカットのスイミングショーツを含む、Speedo®の水着を着用した。

またアレキサンダー・マックレイは、サーフ・ライフセービング協会とも、今日まで尚続く強い絆を結んでいった。

1940's War and a 2-Piece

第二次世界大戦
Speedo®はその生産力の90%を、軍用装備の供給に提供することになった。戦後、Speedo®は急速な復興を果たし、ビキニと共に拡大するスイムウエアの需要を満たすため、新たな工場を設立する。

女性用のツーピースのスイムスーツは戦争開始の直前に姿を現したが、まだ広く一般的に受け入れられてはいなかった。それどころか、Speedo®のビキニは、オーストラリアの海外監視員からは禁止されていた!

Speedo®は、ブランドを支援してくれるアスリートを増やすことで、競泳の普及活動を続けた。

1950's Shore to Shore Expansion

Speedo® Knitting Millsが株式会社となり、1951年シドニー株式取引所に上場し、さらなる発展への基盤を築いた。

Speedo®は1959年にアメリカへの輸出を開始。ニュージーランド、日本、南アフリカなどの市場調査のための国際部門を設けた。
更に、英国ノッティンガムのRobert Shaw and Company Ltd.の株式の30%を取得し、ヨーロッパへの進出も開始した。

1956年のメルボルンオリンピックにおいて、Speedo®がスポンサーシップを努めたオーストラリアチームが8つもの金メダルを獲得した時、Speedo®は世界的に著名なブランドへと躍進を遂げた。

1960's The Sky's the Limit

1960年代においても、ブランドは世界的な成長を続けていた。
Speedo®(ヨーロッパ)の子会社がイギリスのロンドンに設立。また、日本と南アフリカにおいてもSpeedo®のライセンスビジネスが開始された。

1968年のメキシコオリンピックでは、29人の金メダリストのうち27人がSpeedo®の水着を着用というすばらしい成績をおさめた。加えて、23個の世界記録のうち22個がSpeedo®着用選手によってもたらされた。

1970's Ripple Effect

この10年間でSpeedo®は、現在も水着の主力素材であるナイロン・エラストマー製のスイムウェアの製造を開始。

さらにSpeedo®の国際的な存在感は、著しく拡大。日本におけるライセンス契約が更新され、Speedo®・カナダが設立される中、東ヨーロッパ、ブラジル、メキシコでも事業展開を開始

1972年、ミュンヘンオリンピックでは、驚くべきことに、世界記録22個のうち21個が、Speedo®ブランドを着用したスイマーたちによって塗り替えられた。
公式スイムウェアを努めた1976年のモントリオールオリンピックでは、出場国54カ国中52カ国がSpeedo®の水着を着用した。

1980's Faster than the Wave

ベルリン、オランダ、アイスランド、イタリア、スペイン、スウェーデン、スイスの企業がライセンス契約を結び、それぞれの国でスピード製品のライセンス生産と販売を開始。この時点で、112の国でスピ-ドの商標を取得。

Speedo®はオーストラリアスポーツ協会に対する初の公式スポンサーとなり、再び新たな領域を切り開く。

1990's On the Shoulders of Giants

1990年代に、Speedo®は3つの革新的素材を発表。(S2000:世界で初めて速さを追求した水着素材。エンデュランス:水に劣化するナイロン・エストラマーとは異なる素材を使用。アクアブレード:レース水着用に開発した素材。)

Speedo®はSpeedo® International ltd.として英国のペントランドグループに統合され、ノッティンガムに本社を構えた。世界的なスポーツライフスタイルブランドとして、新たなスタートをきる。

バルセロナやアトランタでもオリンピックにおける成功が続き、Speedo®オーストラリアは自国の2000年オリンピック水泳代表チームのオフィシャルサプライヤーとなった。

2000's Unleash Confidence

Speedo®は革新的なスイムスーツ「FASTSKIN®」を発表し、競泳の世界に21世紀の新たなスタイル打ち出した サメ肌をデザインベースとした「FASTSKIN®」は、マイケル・フェルプスやリビー・レントンといったスピードを着用するメダリストスイマーたちの要求に高くこたえるスイムスーツとなった。

レジャー市場では、スピードは水着やビーチウェアをデザインするため「Melissa Odabashi」「Rosa Ch'a」などのデザイナーとコラボレート。スポーツ・ビーチライフスタイルやファッション水着にいたるコレクションをラインナップ。

Speedo®インターナショナルはFINA(世界水泳連盟)とのスポンサーシップ契約を結び、さらにそのネットワークを拡大。

2008年にその技術の集大成ともいえる、「LZR Racer®」を発表。Speedo®の研究開発チームであるAqualab™がNASAをはじめとする国際的な研究機関の協力を経て、3年以上の歳月をかけて制作したその水着は、その発表以来、着用選手が数々と世界新記録を更新し続け、社会現象を引き起こした。

2010's

2010年、FINA(国際水泳連盟)の新水着基準をクリアした、「LZR Racer® ELITE」、「LZR Racer® PRO」を発表。その存在感を不動のものとした。

また、プールでもジムでも自在に使えるスイム(SWIM)+ジム(GYM)というコンセプトのウエア、SWYM(スワイム)や、アパレルウエアも積極的に展開し、世界新記録を狙うトップ選手から、水泳を愛するすべての人にむけた商品を次々と発表している。